キリストに目を留めること

眩しい光 お知らせ

2022年6月12日(日)礼拝(聖書箇所:使徒9:1-9)

聖書より:

ステパノの殉教後、聖徒たちは激しい迫害により様々な地域や町々に散らされましたが、行った先々で福音を伝えていました。

一方、サウロは、なお迫害の思いに燃え、大祭司にダマスコの諸会堂宛の手紙を求め、聖徒たちを捕縛する権限を得たのでした。
それが正しいことだと思っていたのでしょう。
ところがダマスコに向かう途中、突然、天からの光に包まれ、自分に語りかける声を聞きます。
サウロはその声の主に「あなたはどなたですか」と尋ねました。
すると、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。」と答えがあったのです。

実に、聖徒を迫害し、教会を破壊する野心に燃えていたサウロでしたが、滅ぼされることなく、キリストの働きを担うものとして召されたのでした。

私たちは不完全な罪人であると認識しながらも、実は重大な罪に投身してしまうほどの愚かさがあるのです。
大切なことは、籾殻ではなく、実を結ぶ木のようになり、生命と人生を新しくしてくださるキリストの十字架の御業を覚え、キリストから心の目を離さないでいることです。

信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。(ヘブル12:2)

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