なぜ信頼できるのか

2021年2月14日(日)礼拝(聖書箇所:マタイ21:33~46)
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【重要】
緊急事態宣言の発令に伴い、リモート礼拝を実施しています。
期間は延長された3月7日(日)までを予定しています。
教会には集まらず、内島牧師のFacebookよりライブ配信、または録音をご視聴いただく形での礼拝になります。
皆様のご理解、ご協力お願いいたします。
※感染症対策についてはこちら

聖書より

紀元30年頃、イエス様が宮で御言葉をお語りになっていると、祭司長たちがやってきてイエス様を排除しようとしました。
そこでイエス様は、話をもって彼らにお語りになりました。

それはブドウ園の主人に雇われた農夫が、主人に対して不遜な態度をとるというもの。

すると祭司長たちは、そんな農夫たちこそ、後に主人に滅ぼされることを指摘します。
しかしその農夫たちこそ、自分たちのことを指していることに気が付きません。
そこでイエス様は「家を建てる者の捨てた石が、要石となった。」という詩篇の御言葉から、イエス様を受け入れなかった彼らに代わって、異邦人たちが祝福に与るようになることをお示しになり、「この石に落ちる者は、粉々に砕かれ、その石が人の上に落ちれば、押しつぶします。」と言って、彼らの罪をお示しになったのでした。

ようやく彼らは、イエス様が自分たちのことを話しておられることに気が付きます。
ところが彼らは、悔い改めるのではなく、イエス様を捕らえようとしたのでした。

イエス様はそんな彼らのことをすぐに滅ぼすのではなく、十字架へと向かい、身代わりとなって罪を贖うほどに、救い、愛することを御心とされたのでした。
だからこそ私たちはこの方を信じ、信頼することが出来るのです。

聖書はこう言っています。
「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」(ローマ10:11)

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