ピラトの奮闘

2021年8月29日(日)礼拝(聖書箇所:マタイ27:11-26)

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聖書より:

イエス様を死刑に定めた祭司長たちや民の長老たちは、イエス様の身柄を総督ピラトに引き渡しました。
その罪状は「ユダヤ人の王と自称し、ローマに反逆した」というもの。
ピラトの理解する「王」とは国家元首の意味。
しかし「ユダヤ人の王」とはキリストの意味。
被告がどちらを主張したにせよ、死刑にあたる犯罪ではありません。
ピラトは人々がイエス様をねたんで訴えたことを見抜き、祭りの恩赦に便乗してイエス様を釈放しようと、犯罪者バラバを引き合いに出しました。

ところが祭司長たち、長老たちは群衆を説得し、バラバを赦免し、イエスを十字架につけるよう説き伏せたのでした。
ここに人々の罪の性質と対峙するピラトの戦いが始まったのです。
バラバとイエス様、その違いは明らかです。
ところが群衆はイエス様を十字架につけろと言って引きません。
不完全な罪人は、罪に先導されると善悪を正しく判断できなくなるようです。

ついにピラトは水で手を洗い、「私には責任がない。」そう言って、イエス様を彼らに引き渡してしまったのでした。
私たち人間の正義、誠実、知恵を駆使しても、罪を制圧することはできなかったのです。
イエス様はそんな私たちの罪を贖うために、黙って十字架へと向かって下さったのです。

主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。(ローマ4:25)

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