2024年6月23日(日)礼拝(聖書箇所:使徒27:1〜12)
聖書から:
紀元59年頃、カイサリアの総督府で囚われの身となっていたパウロは、百人隊長の監視のもと、他の囚人たちとともにローマに移送されることとなりました。
その時、テサロニケ教会のアリスタルコもパウロに同行しました。
また、百人隊長がパウロに寛大であったため、彼は道中シドンの教会に立ち寄り、友人たちと交わることができました。
ところが、移動の際に一行が乗り込んだ船は、向かい風に悩まされて進みが遅かったのです。
そこで百人隊長は、リキアのミラの港でイタリア行きのアレキサンドリアの船に乗り換え、旅路を急ぎました。
しかし、この船も風の影響で進めず、ラサヤの町に近い「良い港」と呼ばれるところに停泊しました。
移動が遅れている上に、そこは冬を越すには不便な場所だったため、船乗りたちはクレタ島のフェニクスに向けて出港することにしました。
しかしパウロは、それは危険が伴うことだと進言したのです。
人は先行きの心配や不都合に迫られると判断を誤ります。
私たちとしては、パウロのように物事を的確に判断し、安全確実な日々を目指したいものです。
それには、教会の仲間や復活されたキリストとの交わりを通して、冷静な心を得ることが大切なのです。
教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。(エペソ1:23)
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