キリストから目を離さない信仰

2021年7月4日(日)礼拝(聖書箇所:マタイ26:1-16)

聖書より:

イエス様はオリーブ山からベタニヤ村へと移動されました。
この時、十字架の時まであと二日となっており、祭司長や長老たちがイエス様を捕え殺害することを企てていました。

イエス様がツァラアトの人シモンの家で食卓に着いておられたところ、一人の女が高価な香油をイエス様の頭に注ぐのでした。
これに弟子たちは「その香油を高く転売し、貧しい人々に施しをすべきだ」と言って憤慨します。
イエス様のために香油を注ぐのか、それともマタイ25:40の「これら最も小さいもの一人にしたことは、わたしにしたのです。」との教えに従い、貧しい人々に施しをすべきなのか選択肢は二つ。
この様子にイエス様は、今しかできないことを最優先した女の信仰を高く評価し、祝福されたのでした。

私たちは自分の正義や考えに立つとき、本来優先すべき事柄が何であるのか分からなくなるようです。
またヨハネの福音書によれば、この時イスカリオテのユダが、金入れから盗んでいたことをごまかす為に、貧しい者への施しを主張したようです。

イエス様のために今何をすべきかを求めた女性のように、私たちも自身や人の考えに惑わされたりせず、イエス様から心の目を離さないことが大切なのです。

信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。(ヘブル12:2)

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