神に栄光を帰す信仰

2021年4月18日(日)礼拝(聖書箇所:マタイ23:1-15)

聖書より:

紀元30年頃、エルサレム神殿で御言葉をお語りになっていたイエス様のところに祭司長、パリサイ人、サドカイ人、律法学者たちがやってきて、イエス様を追い出そうとしました。
しかし、イエス様の知恵と権威を前に、誰一人太刀打ちできず沈黙してその場を立ち去ってしまいました。

イエス様はその場に残された群衆と弟子たちに向かい、パリサイ人の信仰を真似しないよう注意されました。
なぜならパリサイ人達は、額に結んだ御言葉の箱を大きくしたり、神の戒めを象徴する衣の房を長くしたりするなど、あたかも深い信仰があるかのような身なりをしていました。
しかし彼らは、人々に厳しい戒めの重荷を負わせはするものの、人々の心を支え、励まし、一緒にキリストを目指そうとするものではありませんでした。
それどころか、人々から賞賛を得たいという欲望から、人々の心を自分たちに向けさせていたのでした。

一方、人々は立派な信仰を装うパリサイ人を「先生」「父」「師」などと呼び、自分たちの信仰と救いの希望を、神様にではなく、彼らパリサイ人により頼んでいたのでした。
人は「立派な人」の姿と「賞賛」に弱いもの。
大切なことは、神様に信頼し、期待することであり、神様に栄光を帰する信仰に立つ事なのです。

幸いなことよ 喜びの叫びを知る民は。
主よ 彼らはあなたの御顔の光の中を歩みます。(詩篇89:15)

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