待ち望む信仰が必要

2021年4月25日(日)礼拝(聖書箇所:詩篇33:1-22)

聖書より:

旧約の時代、旧約聖書詩篇の御言葉は、礼拝における賛美の歌として捧げられていました。
33篇では喜びと新しい歌を持って神様をほめたたえ、栄光を帰するよう読者に命じています。
救いの信仰を得た私たちは、そのように豊かに神様を賛美し、栄光を帰することが出来るほど、滅びゆく古い自分から新しい命に変えられているのです。

ところが私たちの日常はというと、わざわざ神様が詩篇の御言葉をもってお命じになるほど、忙しさや困難、先行きの心配事などに心を奪われてしまい、賛美をもって栄光を帰する信仰が表せないことがあるものです。

しかし私たちのことをイエス・キリストの福音とその御言葉をもって救いに召して下さった神様は、私たちをご自身のものとし、その悩み多い人生に御心を留め、正しい道へと向かわせようと働いてくださるのです。
ですから、私たちに必要なことは、国王が軍事力を頼り、戦士が自分の武芸を誇るように、神様ではないものを拠り所としてないか自分の信仰を確かめること、そのうえで主を待ち望む信仰に立つことが大切です。

神様の所有とされている私たちだからこそ、やがて感謝と喜びの賛美をもって、神様に栄光を帰することが出来るのです。

私はあらゆるときに 主をほめたたえる。
私の口には いつも主への賛美がある。(詩篇34:1)

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