最も大切な教えに立つ

2021年3月28日(日)礼拝(聖書箇所:マタイ22:34~46)

聖書より:

紀元30年頃、エルサレム神殿でお働きになっていたイエス様を退けようと、ユダヤ教パリサイ派とサドカイ派の人たちが、言葉の罠にかけようと質問しました。
しかしイエス様は御言葉の教えと真理によって彼らをいさめられます。
すると今度は、律法の専門家がやってきて、イエス様に「聖書の数多くある教えの中で、最も大切な教えは何ですか。」と質問してきたのです。

イエス様は「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」「隣人を自分自身のように愛しなさい」と、全ての教えを要約されたのでした。
そのうえで、「ダビデはキリストのことを『私の主』と呼んでいるのに、どうしてキリストはダビデの子となるのでしょうか」と彼らに質問されたのでした。

律法の専門家をはじめ、パリサイ人達は一言も返せず、もはや質問しようとはしなかったのです。
実に罪人を救うために世に来られたイエス様の目に映ったが、人々のこのような罪の姿だったのです。

私たちも日常を思えば、どれほど神様を愛し、隣人を愛しているものでしょうか。
聖書に向かう今の私たちこそ、ダビデのように主の右の座に着くものとして、御言葉の知識を働かせることが大切なのです。

「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」(マタイ5:16)

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