良心を保つこと

裁判 礼拝

2024年4月7日(日)礼拝(聖書箇所:使徒24:10〜16)

聖書:
紀元56年頃、第三次伝道旅行を終え、エルサレムに戻ったパウロは、神殿に異邦人を連れ込んだと勘違いされ、囚われの身となっていました。
そして、ローマ総督フェリクスの裁判を受けるため、カイサリアに移送されました。
5日後、大祭司や長老たちの告訴を受け、パウロはフェリクスの法廷に立たされたのです。

大祭司たちの訴えを聞いたフェリクスは、パウロに発言の機会を与えました。
そこでパウロは、恐れることなく毅然とした態度で無実を証言したのです。
その証言の中でパウロは、自分は神に対しても人に対しても、責められることのない良心を保つよう、最善を尽くしていると述べています。

かつてイエス様は、人の口から出る言葉は心からくるものであって、悪い心から出した言葉は、裁きの日に申し開きしなければならないと教えておられました。

ユダヤ人たちの主張は、パウロに対する悪意からであり、そのままであれば裁きに至ります。
パウロは、自分の罪のために死に、自分の命のためによみがえってくださったキリストの救いと哀れみを覚え、良心を保ちつつ証言しました。
私たちも自分の罪と、十字架に表された神の愛と哀れみを覚え、良心を保つよう最善を尽くすことを目指しましょう。

私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。(ローマ7:24)

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