2022年12月25日(日)礼拝(聖書箇所:ルカの福音書2:1-7)
聖書より:
2022年前のクリスマス。
ヨセフとマリアが住民登録のために、ガリラヤのナザレからベツレヘムにやってきたとき、キリストはお生まれになりました。
しかし彼らには宿がなく、母マリアは幼子を布にくるんで飼葉桶に寝かせたのでした。
一方、旧約聖書には、キリストはダビデの血筋としてベツレヘムで生まれ、異邦人の圧政に悩むガリラヤに栄誉がもたらされると、神様によって約束されていたのです。
しかし、その約束が実現したとき、飼葉桶に寝かせるよりないほど、そこにはキリストを迎え入れる準備がなされていなかったのです。
一方、神様は全知全能なる方。ヨセフとマリアが宿を手配したそのタイミングで、キリストを世にお遣わしになることくらい容易なはずです。
実に神様は、私たちに不備がないからではなく、不完全で不備だらけの罪人だからこそ、救い主キリストを世にお与えになったのです。
やがてキリストは十字架にかかり、私たちを完全に罪から贖い、墓に納められてから三日目に蘇り、完全な命の道を開いてくださったのです。
「いと高き所で、栄光が神にあるように。
地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」(ルカ2:14)
コメント