雌鶏たるキリスト

2021年5月16日(日)礼拝(聖書箇所:マタイ23:27-39)

聖書より:

キリストとしてやってこられたイエス様のことを、パリサイ人たちは受け入れようとしません。
そんな彼らの身勝手で独善的な曲がった心と態度を、イエス様は責め始められました。

彼らは自分たちの信仰の姿を誇りながらも、その実は預言者やキリストまでをも死に至らしめ、正しい人たちを散らし、殺害するほど邪悪なものだったのです。
それは悪魔に従属するものであって、そのまま進めば彼らも悪魔と同じ結末に至るのです。
しかも、人々から賞賛を受けることを第一とする彼らの独善的な言動は、エルサレムの住人たちにまで影響するほどで、雌鶏が雛をその翼の下にかくまおうとするように、イエス様が何度も救いに招いたのに応じず、滅亡の道へと向かっていたのでした。

独善的な罪の心と行動は、自分自身を神様やキリストから引き離し、救いのない絶望へと陥れるだけでなく、周囲の人々にも悪い影響を与えるのです。

そんなパリサイ人のことを、イエス様はこの23章に置いて7回も「わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人」とおっしゃるほど、憤っておられています。
同じ罪人である私たちこそ、パリサイ人の不信仰を他人事とするのではなく、将来、主の御前に立った時、おじまどうのでなく心からの喜びを現せるよう、その御翼の下に身を投じる確かな信仰を目指すことが大切なのです。

人は心に信じて義と認められ、
口で告白して救われるのです。(ローマ10:10)

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