2025年9月7日(日)礼拝(聖書:創世記24:10〜21)
聖書から:
紀元前2200年頃、妻のサラと死別したアブラハムは祝福された晩年を過ごしていました。
あとは子孫繁栄という、神様の御心が実現するのを待つだけです。
しかし、彼はそれをただ黙って待つのではなく、使用人を親族の暮らす町に派遣し、息子イサクの妻となる娘を探すことにしたのです。
使用人は、相手の女性への贈り物として金の輪飾りと腕輪を、その女性の家族への贈り物として銀や金の品物と衣装を準備し、十分な計画をたててメソポタミアのナホルを目指しました。
私たちも日々様々な計画をたてますが、十分に準備することは大切なことです。
やがて使用人は、井戸のあるところに来てアブラハムの神に祈りました。
もし、ここに水を汲みにきた娘が主人の息子の妻となる女性であるなら、私が水を求めるときに私だけでなくラクダにも水を与えるようにしてください、と。
のちに彼の祈りは聞かれ、それがイサクの妻となるリベカを見出すこととなったのです。
私たちも祈るならば詳細に祈ること。
使用人がアブラハムに倣って祈ったように、祈る仲間をつくること、そして祈りを通して確信を得ることが大切です。
何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。(Iヨハネ5:14)



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