2025年11月30日(日)礼拝(聖書:創世記26:9〜19)
聖書から:
紀元前2100年頃、カナン地方は飢饉をむかえ、イサクとリベカ夫婦は、やむなくペリシテの領地ゲラルにやってきました。
その時イサクは、ゲラルの人々を恐れ、リベカのことを妹だと言いました。
やがて事実を知ったペリシテの王アビメレクに問いただされたイサクは、保身のために妹だと言ったことを打ち明けました。
厳しい処罰を受けても不思議ではないはずが、アビメレクの寛大な処置に、イサク夫婦は身の安全を守られたのでした。
その後、神様の祝福によって豊かさを得たイサクを、ゲラルの人々はねたみ、アブラハムの時代に掘られた井戸を埋めてしまったのです。
この状況にアビメレクは、イサクにゲラルから出るように求めたのでした。
神の祝福の中を歩む者に、罪の世は悪意を向けるのです。
こうしてイサクは、ゲラルでの成功した生活を手放さなければならなくなりました。
そしてゲラルの谷間という、誰も住まない地に移り住んだのです。
ところがその地で、かつて父が掘った井戸があり、それを掘り起こしたところ、水が湧き出たのです。
神の祝福に生きるなら、世の悪と決別し、恵と導きの尽きない日々を生きることとなるのです。
惜しまず世と決別し、恵みを掘り起こす日々を目指しましょう。
わが子よ、あなたの心をわたしにゆだねよ。
あなたの目が、わたしの道を喜ぶようにせよ。(箴言23:26)



コメント