2025年12月7日(日)礼拝(聖書:ルカ1:5〜25)
聖書から:
紀元元年ごろ、イエス・キリストが世にお生まれになるに先立って、神様はアビヤの組の祭司ザカリヤをお選びになりました。
神様は御使いを通して、彼の妻エリサベツからバプテスマのヨハネが生まれることをお告げになりました。
しかし、ザカリヤは自分たち夫婦がすでに高齢であることを理由に、それを信じなかったのです。
彼は祭司ですから、神様が彼の先祖であるアブラハム夫婦に対して、高齢であるにもかかわらず息子イサクを授け、祝福の御計画を押し進めてくださったことを聖書から学んで知っていたはずです。
それがいま、神様の祝福の御計画が自分に示されたのに、聖書から学んだ神様の恵みと希望の信仰が働かず、高齢という乏しさとその現実に心を閉ざしてしまったのです。
祭司であっても、人の心は神様の祝福のご計画よりも救いのないものに流されやすいのです。
そこで、御使いは彼の口を閉じ、その子ヨハネが生まれるまで口をきけなくしたのです。
祭司ザカリヤはそのような状況の中で、妻エリサベツが身ごもり、神様の御言葉と御計画が実現する様を見たのです。
私たちも乏しさの溢れ出る口を閉ざし、神様の御業に心を向けることが大切です。
心を尽くして主に拠り頼め。
自分の悟りに頼るな。(箴言3:5)



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