2025年11月16日(日)礼拝(聖書:出エジプト16:1〜12)
聖書から:
紀元前1600年頃、エジプトにおける400年の時の経過の中で民たちは奴隷となっていました。
神様は民たちの苦しみを知り、モーセの働きをもって彼らをエジプトから脱出させ、彼らの先祖アブラハムと契約した約束の地カナンへと導かれました。
葦の海を徒歩で渡り、シナイ半島を移動する民たちは、やがてシンの荒野にやってきました。
それは民たちの信仰を養うため、神様がご計画されたルートでした。
ところが民たちは、食料を得る術がないことにモーセに不平を言い、エジプトを離れたことを惜しんだのです。
私たちも天の御国に至る神様のご計画にあずかる身ですが、この世は試練をもって私たちの信仰と希望を阻みます。
一方モーセは、民たちの不平は神様に聞こえていること、モーセに不平を言うのは筋違いであり、エジプトから救い出してくださった神様に対する罪であることを指摘しました。
するとそこへ神様がお語りになり、肉とパンを与え、民たちが神様を知るようになることを約束くださったのです。
至らない私たちに必要なのは、糧食だけでなく神様の哀れみです。
私たちの罪を十字架で贖い、よみがえってくださったキリストは哀れみと御言葉をもって私たちを導いておられます。
不平ではなく信頼が大切です。
ですから、これは人の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。(ローマ9:16)



コメント