2025年8月10日(日)礼拝(聖書:マタイ25:1〜13)
聖書から:
紀元30年頃。
イエス様はガリラヤ地方での活動を終えてから、エルサレムでお働きになっていました。
神殿を出られたとき、弟子たちが世の終わりの時の出来事について質問しました。
その中でイエス様は、主の来臨をどのように待つべきかを、花婿を迎える10人の娘に例えてお教えになりました。
10人の娘たちは、花婿の到着が深夜になってもいいように、灯火を用意して待ちました。
その時、賢い5人の娘たちは予備の油も用意していたのですが、愚かな娘たちはそれを用意していませんでした。
やがて深夜になり、10人の娘たちは眠ってしまいます。
深夜にまで至れば、誰だって眠気に襲われるように、信仰には試練はつきものなのです。
やがて、花婿到着の知らせが告げられたため、娘たちは灯火を整えましたが、愚かな娘たちの灯火は油が足りなくなっていたのです。
そのため、油を買いに行っている間に、花婿の出迎えに間に合わなかったのです。
一方、今の私たちの信仰には神の聖霊が注がれているため、信仰の油が尽きることはありません。
むしろ、主の時を迎えるにあたり、試練を通して神様を豊かに知ることが大切なのです。
あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後で回復させ、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。(Iペテロ5:10)



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