悪魔に機会を与えない

隣人愛 礼拝

2026年6月7日(日)礼拝(聖書:エペソ4:25〜32)

聖書から:
紀元前60年頃。
コロサイ教会に異端問題が生じたため、パウロはローマの投獄中から、諸教会宛に御言葉を取り次ぎました。
その一つがエペソ人への手紙です。
その4章では、復活されたキリストが、クリスチャンたちの信仰を守り、養っておられるため、かつて偶像を頼っていた古い自分を脱ぎ捨て、神にかたどり創られた新しい自分を着ることを諭しています。
そしてその新しい自分を着る過程において、隣人に対する独善的で自己中心的な心を、一切の悪意とともに捨てるよう命じています。
なぜなら、悪魔が機会を得て、教会を破壊するからです。
このときコロサイ教会では、異端の問題が生じていましたが、それに伴い隣人の信仰を批評する、独善的な心が教会の中に現れるようになったのかもしれません。

そこで聖書は、罪深い私たちを嫌うのではなく、十字架の贖いを持って罪を赦してくださった神様に心の目を向けるように教えています。
キリストが十字架で表してくださったのは、自己犠牲の愛であり究極的な隣人愛です。
私たちはこれによって救われたのですから、私たちは隣人を裁く以上に、愛することができるのです。

「イエス・キリストは罪人を救うために世に来られた」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。(Iテモテ1:15)

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