信仰が弱くとも召されている

パン 礼拝

2026年4月19日(日)礼拝(聖書:ルカ24:28〜36)

聖書から:
紀元30年頃、イエス様が十字架で死なれてから3日目の日曜の早朝、イエス様は御言葉どおりに復活されました。
ところが二人の弟子だけは、イエス様が死なれたことに失望し、エマオ村に向かっていました。
するとそこにイエス様が近寄られ、彼らと話し始められたのです。
しかし、二人はその人物がイエス様であることに気づきません。
そしてそのままイエス様が聖書からお話しになるキリストの教えに耳を傾けていました。
やがて宿に着く頃、イエス様がまだ先へ進もうとなさっていたので、二人は一緒に宿泊してくださるよう強く願いました。
そこでイエス様は彼らと一緒に宿に入り、食事をされました。
そしてパンを手にし、神様に感謝をささげて後、それを二人に手渡されました。
すると、彼らの目が開かれ、イエス様だとわかったのです。
その途端、イエス様のお姿が見えなくなったのです。
しかし、彼らは御言葉を聞いている時、心に燃えるものがあったといい、急いでエルサレムの仲間たちのもとに引き返したのでした。
するとそこへ再びイエス様がおいでになり、神様の力を受けるようお告げになったのです。
いかに弱くとも、私たちは神様に選ばれているのです。
大切なことは、キリストを証するほどに、御言葉によって燃える心を授かることなのです。

しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。(Iコリント1:27)

コメント