教会の祈り

祈り 礼拝

2026年3月29日(日)礼拝(聖書:使徒12:1〜12)

聖書から:
紀元47年頃、ユダヤの王ヘロデは、ユダヤ人たちからの好意を得ようと、教会を迫害しました。
ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺し、さらにペテロを捕らえて投獄したのです。
こうしてペテロは、死刑を待つ身となってしまったのです。
そこで教会は集まり、ペテロのために祈り続けました。
しかし、祈る教会に対して、ペテロの置かれている状況は、非常に厳しいものでした。
4人1組の兵士4組が彼を監視しており、夜になれば、ペテロは二本の鎖に繋がれ、2名の兵士が彼の両脇について休むのです。
つまりペテロは、常識的にも望みを全く持てない状態だったのです。
その状態でも、イエス・キリストの愛を知る教会は祈ったのです。
ところが深夜、神の御使いがペテロのもとに現れ、彼を起こし、牢屋から脱出させたのです。
しばらく夢見心地だったペテロは、安全な場所にまで導かれました。
そして、御使いが去ったとき、主が御使いを遣わして、ユダヤ人たちのもくろみから自分を助けてくださったことを悟ったのです。
教会の祈りは、神様の愛の広さ、長さ、高さ、深さを理解し、人知をはるかに超えたキリストの愛を知って満たされる信仰なのです。

教会において、またキリスト・イエスにあって、栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。アーメン。(エペソ3:21)

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